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2025/02/16 サイトデザイン変更
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なんでもない日 「兄様、はやく行きましょう」 兄を急かすミチルを追うように、慌ててバケツを掴んでアパートを出たルチルは今にも崩れそうな階段を降りると、掌で太陽の光を遮りながら空を見上げた。 まだ低い位置にいるはずの太陽はそれでも容赦なく地上を照らし、アスファルトからじわじわ...
2021年11月8日
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It'll Be Magical! 平日の真昼間に、ファウストはジャングルの中に聳え立つ遺跡の中にいた。 もちろん本物のジャングルでも遺跡でもない。遺跡は有名な映画をモチーフにしたアトラクションであり、トロッコのようなものに乗って暗闇の中を右へ左へ猛スピードで突き進み、最後...
2021年10月19日
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コタツと猫とみかんと 農学部の旧研究棟は今はほとんど物置として使われており、用が無ければたいていの教員や学生は近寄ろうとすらしない。そのうちの二階の一室は大昔に学生が亡くなったという怪談が長い年月まことしやかに囁かれているが、本当のところは誰もわからない。わかっているのはそ...
2021年9月15日
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鍵のない部屋 大学に入って二年目の初夏だった。 コンクリートに囲まれた都会の夏は熱気がこもって、常時サウナの中にいるようにじわじわと体力を削った。それを思うと農学部キャンパスは、草木が多く随所に水場もあるから、息苦しさを覚えるほどの熱が留まることはなかった。...
2021年8月16日
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アンド・グッドナイト 同居するときにあらかじめ決めたルールは今でも残っている。そのうち洗濯については、当初から各自で洗う決まりにしていた。これは下着をそれぞれ相手に洗わせるのが申し訳なかったというのが一端にあり、依然として続いているルールである。そのため、この家では脱衣場に...
2021年8月15日

11.
マーマレードの夢 今朝は日が明け切らないうちからファウストの様子が妙であった。 隣室からの短い叫び声で目が覚めたレノックスが駆け付けたときには、ベッドの上で枕に突っ伏すように蹲っているファウストの姿があった。さっと血の気が引く思いでレノックスが部屋に押し入ろうとすると、彼は...
2021年8月9日

07.
畦道のネオンサイン 月が替わるとぐずぐずとした気持ちの悪い空模様が続いた。高速道路のサービスエリアにあるファストフード店の上空にも黒い雲が立ち込め、今にも雫が零れ落ちそうなほどにぱんぱんに膨れ上がっていた。 「なんで僕たちで行かなきゃいけないんだ」...
2021年7月9日
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犬も食わない 風呂から上がり、「レノ」と呼ぶと、レノックスは小さな折り畳みテーブルの上で作業していた手をとめて、「ああ、どうぞ」と膝を叩いた。固い膝を枕に寝っ転がると、持ってきた本を開く。レノックスもまた実験の結果をノートパソコンに打ち込み出した。...
2021年6月21日
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ハニー・ハニー 大学構内に時たま現れると噂の「ベネットの酒場」の存在を知っていても、実際にそこの酒を味わったことのある人物はごくわずかである。 クラシカルなリヤカー屋台の小さな酒場には、カウンター用の丸椅子が五つ置かれ、屋台の中のシャイロックと呼ばれるマスターの後ろにはなか...
2021年6月20日

06.
夕焼け小焼け 思えば、レノックスははじめから変な男だった。 愛想笑いの一つもないえらく神妙な顔で研究室を訪ねてきた彼は、開口一番に「覚えていますか」と言った。当時といえば盗まれた研究成果のことで気分は常に最悪で、そんな状態でもお構いなしに積み重なる課題を消化するのがやっとの...
2021年6月14日

05.
何かが変わりそうな夜だ 「ハグの日を制定しましょう」 起き抜けの頭にそんなことを言う居候の顔を、ファウストはぼんやり見つめ返して、居間の壁にかかった時計の方へ目をやる。平日ならそろそろ一限が始まる時間で、寝ぼけているわけではなさそうだ。もう一度レノックスに向き合って、それか...
2021年6月13日

04.
幽霊の最悪な一か月 「ああ、彼なら農学部の研究室にこもっていると思うよ」 入学式のあとの学部のレクリエーションが終わるとすぐに、担当した教員に彼のことを聞いた。名前を出しただけで教員はすぐに思い至ったようで、一学生でありながらさすがだと改めて感服する。教員は彼が入り浸ってい...
2021年6月10日

03.
ともだちになった日 早朝の冬の匂いを、未だに憶えている。 大学受験のために地方都市の最寄り駅から窮屈な夜行バスに長時間揺られた身体は、ようやく降りることができてからしばらくしても、ぎしぎしと軋んでいるようだった。 夜の間に雪が積もった首都は、朝になっても土の混じった雪が路面...
2021年6月5日

02.
もやしパーティー 山の中を歩いていた。生い茂った枝葉に月明かりが遮られた山道は懐中電灯の灯りだけが頼りで、ざくざくと土を踏みしめる足音と、道の両脇から何重にも重なる生き物の鳴き声だけが響いていた。 前を歩く少年は、こわいものなど何一つないような足取りでずんずんと山道を進んで...
2021年5月30日

01.
さよなら魔法舎 都心にある私立大学には、まことしやかに囁かれている奇怪な噂がある。それは長い年月をかけて少しずつ細かな背景が変わったり、人物が加わったり、設定が変化していったが大筋はいつの時代も変わらない。 全ての学問を修めたというこの大学の創設者は不老の魔法使いで、実は現...
2021年5月30日
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